小豆島八十八カ所霊場第七十四番札所

小豆島八十八カ所霊場は、弘法大師空海ゆかりの霊場として、多くの巡礼者に親しまれています。圓満寺は第七十四番札所として、参拝者の皆様をお迎えしております。

御詠歌

望の夜の 月の姿に 似たるかな
心まどかに 満つる願ひは

霊場巡礼の意義

霊場巡拝は、まさに自然と仏神の恩恵を直接受けることができ、心の拠り所となりえる聖行です。現代社会において、多くの方が心の拠り所を求めておられます。

身体を動かし心を清め、規律正しい生活を送ることで、健全な身体が甦り、自立の心が芽生えます。団体行動で相手を思いやることに気づき、歩いている最中に思い悩み思考する。そして自分を再発見することができるのです。

霊場巡礼で得られるもの

  • ✓ 心身の浄化と健康
  • ✓ 自己との対話と再発見
  • ✓ 思いやりの心の育成
  • ✓ 仏様とのご縁
  • ✓ 平安な心の獲得

遍路杖(金剛杖)の意義

遍路杖は金剛杖とも云います。そこには御大師様の御宝号「南無大師遍照金剛」と「同行二人」が刻まれています。つまり御大師様に帰依し、御大師様と共に二人で歩む遍路行の自覚を促す意味なのです。

金剛杖は五輪塔と同じく「キャ・カ・ラ・バ・ア」という梵語が刻まれています。それはこの世界の構成要素が地・水・火・風・空の五元素から成り立ち、我々は死してまたその五つに戻っていくとの道理を記しているのです。

衛門三郎の物語

四国遍路のはじまりについて「衛門三郎」の物語がよく知られています。

天長年間の頃、伊予の国に河野衛門三郎という長者がおり、悪鬼長者とも云われ、人々に嫌われていました。或る日、三郎の屋敷に僧侶が托鉢に訪れたところひどい仕打ちを受けました。その僧侶こそ弘法大師空海上人であったのです。

御大師様は、長者の悪評を聞き改心させるべく門前で托鉢をされていると、それに腹をたてた長者が竹ぼうきで御大師様を打ち付けようとしました。御大師様は咄嗟に鉢でほうきを防ぎましたが八つに割れて四方に飛び散ったそうです。

翌日から長者の子供達が不慮の死を遂げて行きます。八人すべての子が死んでしまい、それを不憫に思った御大師様は子供達の菩提を弔い供養回向を行った後、次なる修行へとその地を後にされました。

衛門三郎は、子供を失ってはじめて自分の不善で愚かな今までの行為に気が付き、一言懺悔しようと御大師様の後を追いました。

二十度、四国を回りましたが御大師様に逢えません。そこで二十一度目には逆に回ることにしました。しかし、それまでの旅の疲れからか現在の第十二番霊場、焼山寺の近くで倒れてしまいました。息も途切れがちなその時、御大師様と逢うことが出来、自分の罪を悔いて息を引き取りました。

御大師様は哀れに思い、長者を手厚く葬りその塚に長者の使っていた金剛杖を立てて墓とされたのです。

この物語は、どんな人でも真摯に悔い改め、求道の心を持てば、必ず仏様とのご縁がいただけることを教えてくれています。遍路杖は、そのような深い意味を持つ大切な道具なのです。

お遍路の心得

三密の実践

お遍路の修行は、真言密教の三密行そのものです:

  • 身密(しんみつ)
    清々しい立ち居振る舞いで巡錫する
  • 口密(くみつ)
    立派なお勤めをする(読経・真言)
  • 意密(いみつ)
    他の参拝者に気遣った心で参詣する

同行二人(どうぎょうににん)

お遍路は一人で歩いていても、常に弘法大師と共に歩んでいます。「同行二人」とは、どんな時も御大師様が見守り、導いてくださっているという意味です。この心を忘れずに、感謝の気持ちを持って歩みましょう。

圓満寺へのお参り

圓満寺は、小豆島八十八カ所霊場第七十四番札所として、皆様のお越しをお待ちしております。

参道入口には樹齢約400年といわれるシンパクがそびえ、お遍路さんを出迎えています。境内では、本尊十一面観世音菩薩、飛天尊をはじめとする諸仏にお参りいただけます。

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